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世界を変えた火薬の歴史

, クライヴ ポンティング

によって クライヴ ポンティング
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内容(「BOOK」データベースより) 中国の錬丹術師からイスラム帝国の勃興、ヨーロッパの戦場まで。世界の転換点に少なからぬ影響を与えてきた火薬の歴史に迫る。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) ポンティング,クライヴ 1946年生まれ。行政職、ウェールズ大学スウォンジー校准教授を経て、現在スウォンジー大学の名誉研究員 伊藤/綺 翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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本書の<プロローグ>は、日本人には耳慣れない「1605年11月5日−火薬陰謀事件」となっている。ガイ・フォークスらはジェームス国王が開会を宣する議事堂を地下室に設置した火薬の入った36個の樽(ほぼ1トン)で爆破しようとしたが、事前に露見した事件である。我々には凄惨な宗教戦争の姿と残忍な処刑などに驚くが、イギリスでは現在も11月5日はガイ・フォークス・ディとしてかがり火や花火で祝われるそうだ。ただ著者の目的はその是非を問うことではなく、当時のヨーロッパにおける火薬の状況を読者に示したかっただけであろう。昔、学校で火薬、羅針盤、印刷術は中国起源であると教わった記憶がある。しかし、紀元800年ころに練丹術師によって不老不死の霊薬を調合する過程で発見されただけではなく中国で火薬に関する知識集積とそれを使った兵器が広範に実用化されていたことは本書で初めて知った。1200年ころまで火薬は中国世界(=宋)以外には知られていなかったが、モンゴルによる中国支配(元朝=モンゴル帝国)の時代にイスラム世界へそして当時はユーラシア大陸のなかで最も遅れた地域だったヨーロッパへと拡散した。火薬は戦争の方式を大きく変えて世界を大きく変えていった。ビサンツ帝国の首都コンスタンチノープルを陥落(1453年)させたのはメフメト2世率いるオスマン帝国の巨砲「ウルバン砲」であった。ヨーロッパに伝わった火薬は大航海の道具となりスペインのコルテースはわずかな軍勢でアステカ帝国を滅亡させた。また、本書では元寇から始まる日本の火薬との関わりについても簡略に触れている。そして1840年、中国(=清)とイギリスの間で「アヘン戦争」が起こり中国は惨敗した。火薬が伝来したころユーラシアの僻地であったヨーロッパが火薬の元祖・中国に勝利したことになる。このことを文明史論的にみると興味深い。この辺りに興味がある方はジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 上・下』(草思社)を読むことをお薦めする。本書で火薬というのは、<エピローグ>「黒色火薬時代の終焉」を除いて黒色火薬のことである。黒色火薬は、硝石、硫黄、木炭の混合物であり、硝石の含量によって銃・砲の発射薬、ロケットの推進薬、砲弾の爆薬などに使い分けられる。考えてみると19世紀になって無煙火薬などが開発されるまで黒色火薬は、兵器の大きさや形が変わっても1000年以上にわたり火薬の主役であった。このことに改めて感心する。【平成25年6月18日追記】あのアノニマスのかぶっているのが、ガイ・フォークスの仮面だそうですね。知りませんでした。

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